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南  高  橋 (みなみ たか ばし)

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minami_takabashi bridge

  南高橋は、中央区湊1丁目と新川2丁目との間で、中央区道を渡す橋である。

  この橋の創架は昭和7年、震災復興事業により、隅田川にあった旧両国橋の中央径間を移築したものである。現役の道路橋では都内で最も古い橋となっている。旧両国橋は、明治37年に架けられたトラス橋であるが、関東大震災の被害を受け現在の両国橋に架替えられた。

  震災復興事業の一環として、架橋地域では区画整理事業が施行された。その当初計画には、この橋の架橋予定はなかったが、途中設計変更があって急遽架橋することとなった。(*1)このため、工事期間は昭和6年(1931年)11月着手〜昭和7年3月と、復興復興橋梁の中で最も遅い完成となった。震災復興事業は昭和5年度(昭和6年3月末日)で完了しており、東京市はこの予定外の事業費を既定予算で賄うため、旧両国橋の一部を再利用するなどする必要があった。

  橋の外観を見ると、ピンの存在が印象的である。支材、斜材、下弦材などをピンに留めている様子は、身近にある単純な機械の様にも見えて、暖かく親しみのあるイメージをつくっている。

  橋上では、集成部材の支材や上弦材、アイバーの斜材など、多数の部材が見える。しかし、これら部材断面のコントラストが、アイバーの繊細さを強調し、引締まった透明な鉄の空間を造っている。

 橋面上の構造部材が視野を邪魔してわずらわしいなどの理由から、下路式橋梁、特にトラス橋を嫌う意見がある。この橋を渡るとき、これがまったくゆえなき批判と思わざるを得ない。下路式橋梁もデザインを工夫すれば、魅力的な橋面空間を造り得ることを示している。

  スパン中央部は、カウンターブレーシングで補強されている。百年に及ぼうとする供用のため、さすがに疲労の兆候が現れているのであろう。今あるうちに、「明治の鉄橋」の空間を体験し、現代の高張力鋼による独自の構造の中に、再現してほしいものである。
(*1)帝都復興区画整理誌 土木編上 昭和6年3月 東京市 P−415
  • 橋梁形式   錬鉄製単純プラットトラス(明治37年架橋の旧両国橋中央径間)
  • 橋  長   63.10m
  • 幅  員   11.00m
  • 架設年次   昭和7年3月
  • 建設機関   東京市
  • 管理機関   中央区
  • 最 寄 駅   地下鉄日比谷線八丁堀駅        JR京葉線八丁堀駅