関東震災と隅田川の橋梁群

資料－５　関東震災と隅田川の橋梁群


　　　　　　　　１.　復興局の誕生
　　　　　　　　２． 橋の震害と火害
　　　　　　　　３． 復興と隅田川橋梁群
　　　　　　　　４． 復興局隅田川橋梁におけるニ、三の特記事項
　　　　　　　　　　　ⅰニューマチック潜函基礎
　　　　　　　　　　　ⅱ鋼矢板締切
　　　　　　　　　　　ⅲ構造用高張力鋼
　　　　　　　　　　　ⅳ大型材料試験機
　　　　　　　　　　　ⅴ架設用起重機船の活用
　　　　　　　　５． 隅田川橋梁群の解説

１．　復興局の誕生

　大正12年9月1日、南関東地方を襲った大地震は東京横浜の大都市に激甚なる震害を与えたばかりでなく、それらの都市の下町区域を大火災によって焦土の荒野たらしめ、焼失面積は総面積に対して東京市では46%、横浜市では28%、尊い人命の損失の数は東京市で6万8000余名、横浜市で2万3000余名、そのうちの大部分は火焔に追われての焼死と窒息死及び河川に飛び込んでの水死、という悲惨なる横死であった。

　 9月12日には詔勅が発せられ、「(前略）そもそも東京は帝国の首都にして民衆一般のたん仰するところ、一朝不慮の災害に罹りて旧形を留めずといえども依然としてわが国都たる地位を失わず、その善後策はひとり旧態を回復するにとどまらず、進んで将来の発展をはかりもって面目を新たにせざるべからず（後略）」と、国民に挙国一致して復興の大業に精進すべきことが指示された。

　９月27日に勅令で設置された帝都復興院は内閣に直属し、詔勅の意に応えて東京横浜の大震災地域に土地区画整理を中心として、街路橋梁の新設改築、河川運河諸工事、公園の新設、広汎に亘る各種公共工事を含む両都市大改造の計画を樹立したのであるが、その予算総額は、初めは数十億円に及ぶ膨大額が提案された。然し国家財政の実状と短期間実施の必要から、国会の議決によって地方自治体への補助貸付を合わせて総額5億7000余万円と定められ、大正13年2月25日に内務省の外局として設けられた復興局によって、昭和4年に至る6ヶ年継続事業として復興事業は発足した。

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２．　橋の震害と火害

　関東震災による橋の震害は、その殆どが下部構造の不同沈下・傾斜・破断などであって、震源に近い地域では、そのために上部構造が墜落挫折したものが多くあった。隅田川橋梁では、川の方向に並んだ2基の井筒基礎が別々に振動したことによるのであろう、2基の上端を結ぶ橋台や繋材にひび割れ・切断・座屈を生じたものが見られた。然しそのために橋上の交通を阻止したものはなかった。

　橋上交通を途絶せしめて多くの人命を奪ったのは橋の火害であって、鋼トラス橋でも古いものは依然として木板を張った床構造からできていたために、そのような橋では床が焼け落ちてしまった。床を燃やした火の元は、避難民が携行したり車に積んだりした衣類夜具や家具の類であって、橋の上で火の粉を受けてそれらは燃え、またそうした家財を満載した船は避難した橋の下で飛火を受け、こうして橋は上下からの火責めに遭った。

　筆者の体験を抄記すれば、焦土の冷えた9月4日頃、東京下町の各所を路上の電線を踏みながら見て歩いて隅田川の永代橋の袂たち至ったとき、ふと前方を見ると橋の床が焼け抜けているのに気がついた。然し、渡ろうとしている人がいたので近くに寄ってみると、それは鋼トラス橋の床桁から床桁にかけて宙吊りのまま残っていた市街電車のレールと枕木とを頼りに、その上を這うように渡っているのであった。筆者も勇気を鼓して前人の後を追ってまず側径間を渡ったけれど、下を見ると川には焼けた船や家財がだだよい、無残な死体さえ見え、橋脚の上でひといきつきながら焼け残った鋼橋や、まだ少し煙の散見する町の方を眺めたのであった。

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３．　復興局と隅田川橋梁群

　震災前からの隅田川の道路橋は、ずっと上流の千住大橋からはるか下った東京市中では、吾妻橋、厩橋、両国橋、新大橋、そして河口の永代橋であって、派川である深川沖の水路には粗末な相生橋がかかっていた。

　復興事業で新設または改築する橋は、原則として幅員22m以上の幹線道路の橋であって、この橋の中で相生橋、永代橋、清洲橋、蔵前橋、駒形橋、言問橋の六橋(最初のニ橋は改築、他の四橋は新設）は、国即ち復興局が施工して東京都に引渡し、改築の両国橋、厩橋、吾妻橋の三橋は国の補助金を得て東京市が施工、国道橋である千住大橋は国の補助金を得て東京府が施工することになった。

　復興局施工の上記六大橋は、土木部長太田円三（敬称略、以下同様)の指揮のもとに橋梁課長田中豊が企画設計に尽瘁し、筆者は課長補佐、また施工は土木部の掌下にあった隅田川出張所の所長の釘宮磐が総轄して、森田三郎が補佐した。

　土木部長太田円三は、闊達高大な構想をもって復興の全土木事業を総帥したのであるが、橋については若いころから熱情があったと自らいわれていたように、橋には特別の関心を示し、彼の著書「帝都復興事業に就いて」における「六、橋梁」の章をひもとけば、彼の気宇の大にして着想の優れていたことが読み取れるのである。在来の井筒基礎工の迂遠にして頼りないのに対し、この機会を好機として太田土木部長は、工期の短く結果の確実なる本格的のニューマチック潜函基礎を隅田川の永代橋その他に施工することを提唱、田中橋梁課長、釘宮隅田川出張所長、白石多士良嘱託らと協議のうえアメリカから専門技術者を招聘して、その工を指導させることにした。

　都市美の重要な要素の一つとなる橋の景観について太田土木部長は、太田正雄（木下杢太郎）、岡田三郎助、木村荘八などの文人画人を招いて彼らの独創の意見を聴き、一方に橋の造形に関する彩色図面を公募するなど橋梁課設計員のための参考となる資を得ようとした。それらの結果、多くの暗示を得るに役立ったとはいえ、力学から離れた感覚が多かったために実用に遠い憾みがあった。

　復興局の橋梁架設計画及び設計方針の基本をここに簡述すれば、大震火災の災害と被災者とを深く考えて、橋は剛健質実、その重要度に応じて格差はあっても、一旦危急のときもよく市民に役立つものとし、余分なる装飾物を付け加えて自らを飾ることなく、多弁なるを避け、繁栄する帝都の将来を予想してその構造は環境に順応し、地質に適合した力学的構造であると共に、その美しさは、構造それ自身から生まれるという観点から造形を考えた。上部構造では主桁にも副材にも時流に先んじて腹部にトラスや綾状部材を用いるのを避け、板を張りつめた充腹構造を採用したのは、上記の諸点に基づくのであった。また、上部構造がその支承部から離脱して川の中に転落することの愚を避けて可動端でも可動量を制限して、上部下部の両部が一体となって運命を共にするように設計施工した。

　復興局直轄の隅田川六大橋は、大正13年8月から続々と着工せられ、その3ヶ年後の昭和2年に一斉に竣工をみるに至った。東京市施工の分は数年遅れて工を終えた。

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４．　復興局隅田川橋梁におけるニ、三の特記事項

　 ⅰ　ニューマチック潜函基礎

　この潜函基礎を施工するために復興局隅田川出張所に常勤したアメリカ人技師は、ニューヨーク基礎会社のヒューズ、クラフト及びイングランダーの三氏であって正子重三が共に施工を担当した。また、医師守口武次はホスピタルロックを利用して、潜函病の治療と予防とに尽瘁した。

　この基礎工は第一に永代橋、清洲橋で適用され、断面寸法24m×6mの潜函躯体の木造型枠は蔵前工場に特設されたスリップウェイの上で製作され、進水、曳航、定位置設置の後に鉄筋コンクリート打設があって、送気開始後数週間で沈下を終了した。そして底面の地耐力が検査された。

　この基礎は40年後に至って不同沈下が起こっている現象が発見された。その原因ははるか深い地層を含む全体的の変動によるものと解せられ、ジャッキを利用した橋桁調整作業が行われた。

　 ⅱ　鋼矢板締切工

　蔵前橋、駒形橋などの橋台橋脚水中締切工では、初めて鋼矢板が採用され、最初はラカワンナ鋼矢板を二重に打ってその間に粘土を填充したのであったが、後には一重の矢板壁でもよく水密を期するに至り、引抜きに際して抜きにくい矢板にはフランス製のガス吹管で水中火焔切断を行った。

　 ⅲ　構造用鋼張力鋼の使用

　永代橋のアーチ繋材及び清洲橋のアイバーケーブルには断面積の過大となるのを避けるために、構造用高張力鋼を使用する必要に迫られ、ニッケル鋼を輸入することも考えられたが、構造用鋼に造詣の深かった田中豊は日本海軍が鋭意研究中のデュコール鋼に着目した。これは列国軍縮会議による造艦制限に対して英国海軍がデビット・コルビル会社と協力開発した構造用の低マンガン鋼に属し、復興局は川崎造船所の工場において研究した結果これを実用に供したのであった。

　 ⅳ　大型材料試験機

　材料強度試験に高能力試験機が必要であることを痛感した復興局は、東京大学構内に1000t圧縮試験機を設置したが、永代橋の箱形アーチリブにおいて、1/4宿尺試験部材による応力分布の状態及び局部座屈現象が測定され、設計の妥当性が保証されたのも、この試験機の利用の一例であった。

　 ⅴ　架設用起重機船の活用

　主桁その他に先駆けして充腹構造を採用した結果、架設時における個々の材片は重量が大となるのであったけれど、これに対しては起重機船を活用し、永代橋や清洲橋の主桁のブロックは横浜港からの50t起重機船で吊り上げられた。

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５．　隅田川橋梁群の解説

　震災に伴なって架設された隅田川橋梁群を一括すると表の通りである。

　相生橋は舟航の少ない派川にあり、その橋台には功労者太田円三のリリーフ像がはめられてあったが、後に遠藤貞一らの尽力によって故人に縁の深い神田橋袂に移された。

　永代橋は隅田川河口の大橋、この橋が太古の恐竜のように大川を爬行して渡るのに対して、その上流の清洲橋は優しい吊橋の姿を水に映し、そのよきコントラストが都市美に抑揚を与えるように計画された。

　橋は、できれば上路形式をとることが構造的も眺望の点でもよろしく、蔵前橋、吾妻橋、言問橋ではアプローチ個所を高めることが可能であったので全長に亘る上路形式をとり、駒形橋では左右側径間の上路形扁平アーチと中央径間下路形アーチとの水平推力が釣合い、且つ美観を呈するように設計された。

　言問橋は当時としては長大なる板桁橋であって、時を同じくして設計された西ドイツ・マンハイム市ネッカー河のエバート橋が偶然に同形同大であり、且つ懸賞の首席に当選したことが判って、われわれ関係者が思わず微笑みを洩らしたようなこともあった。

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